2回目の入院、そして・・・|境界性パーソナリティ障害が治った彼女の言葉④




こんにちは、関根です。

「退院後の生活〜また入院〜|境界性パーソナリティ障害が治った彼女の言葉③」の続きです。

入院して3ヶ月で退院できたのは良いものの、どうすることもできなくなった陽夏は、今度は自分の意思で「入院したい」と親に申し出ました。

そこからの話がまたブログで書かれていますので、まずはお読みください。

彼女ブログ:二度目の入院。

はじめてこの記事を読んだとき、かなり壮絶というか、感情が大きく揺れ動く出来事が多く起こった話だと思いました。

ちなみに個室に隔離されたときの状況は今でもまだ鮮明に覚えているようで、「本当にしんどかった」と話していました。ご飯が運ばれてくるときしか人と会わないというのはなかなか厳しいものですからね。

薬の話

何の薬を飲んでいるのかすら陽夏は知らされていなかったようで、何種類かある薬の中で「眠剤」だけは理解できたそうです。

この薬がなかなか強烈で、陽夏は体が小さい(147cmぐらい)ということもあり12時間ぐらいしっかり寝ないと効き目が切れずにフラフラした状態が続いてしまうようでした。

しかし知らず知らずのうちに薬にも依存するようになってしまいます。

「薬を飲めば眠れる」「薬を飲めば落ち着く」このあたりは境界性パーソナリティ障害に限らず、うつ病などの精神疾患を患っている方もよく理解できる感覚かと思います。

ただ、それが薬物の危険性であり、「薬を飲めば眠れる」「薬を飲めば落ち着く」という感情から「薬を飲まなきゃ自分はだめだ」という感情に変わり、それが薬物依存の恐怖でもありますから、意識して気をつけていただきたい部分です。

自分の意思を伝える難しさ

もともと自分の意思や意見を伝えるのがあまり得意ではない陽夏ですが、入退院を繰り返すことや荒れた状態を過ごしていく中でどんどん苦手になっていきました。

「自分の意見なんて聞いてもらえない」という気持ちもあったと思うのですが、親御さんからしたら「言ってくれなきゃわからない」という気持ちで、家族とのトラブルもそれなりにあったようです。

そしてやはり「自分の意見を否定される」という幼い頃からのトラウマもあり、「だったら自分の意見なんて言わない/言っても意味がない」と思うようになってしまいました。

親と子の関係の難しさ、そして意思を伝えるという難しさですね。

関連記事:境界性パーソナリティ障害の原因は「母親の接し方」と言われている理由

関連記事:境界性パーソナリティ障害を患う子のお母さんは共依存と過保護である可能性が高い

陽夏が変わっていく

陽夏ブログの最後に、

その後今の彼に出会った。

とありますが、もっと細かく言うと1年ぶりの再会です。

陽夏と出会ったのは2014年08月か09月で、陽夏が境界性パーソナリティ障害と診断されたのが2015年04月頃、そして再会が2015年08月頃です。

このあたりの話も含め、次回、境界性パーソナリティ障害になって半年経過したころの話へ続いていきます。