退院後の生活〜また入院〜|境界性パーソナリティ障害が治った彼女の言葉③




こんにちは、関根です。

「はじめての入院|境界性パーソナリティ障害が治った彼女の言葉②」の続きです。

陽夏のはじめての入院がはじまり、3ヶ月後に退院することになったそうです。そこからの話がまたブログで書かれていますので、まずはお読みください。

彼女ブログ:退院後の生活

退院が決まったのは良いものの、それは決して「良くなったから退院したわけではない」ということです。

もちろんまたいつ荒れだすかわからないけど、ただ「隔離するような緊急性はない」というお医者さんの判断なんだろうと思います。

病気と知る恐怖と安堵感

陽夏ブログの中で、

ちゃんと病名が分かって、「頭がおかしくなったんじゃなくて、病気で良かった」とも思えた。

とありますが、これは本当にそのとおりなんだと思います。

自分がおかしいのはなんなのか、なぜみんなと違うのかなどの不安が病気が原因であると知ることができれば大きな安堵感があるかもしれませんが、心のどこかで「病気はイヤだ」という恐怖もあるのだと思います。

※このとき僕は陽夏とは出会ってはいたのですが、これらの入院については1年間ぐらい連絡を取っていない期間の出来事ですので、後日談として聞いています。

そして、

でも病気って分かったからこそ「病気だから病気だから」ってそれを言い訳に使うようになった。

これもそのとおりです。

病気に立ち向かっていくという意思意欲がとても弱く、それを理由にして自分の思い通りにしたい様子がかなりの長い期間続きました。

でもそれは陽夏が特別なんじゃなく、多くの人もこう思っているところは心のどこかにあるんじゃないかなと思っています。

「病気だから仕方ない」と自分自身で言ってしまえば諦めだってつきますもんね。

陽夏が感じること

退院後にはまた入院する前の生活に戻っていったと文中にも書かれていますが、人はなにか嫌なことから開放されたときには、それらを補いたい心理がはたらきます。

親に八つ当たりしたり、家で暴れたり、夜中好き放題遊んで親を困らせたりしたと書かれていますが、実際に僕と出会ったときからそうでしたし、再会(1年後)したときもそうでした。

ただ陽夏は、それを「わかっていながらもやってしまう人」です。

こんなことをしてしまっている自分がいる、でも今の自分を保つためにはこうするしかないというジレンマがあるのです。

これを「悪」と捉える人もいるかと思いますが、僕はこれは「本人からしたらこうするしかなかったんだろうな」という考えです。

知らないことやわからないことをいくら考えても、最善の方法は浮かんできませんから、年齢や家庭環境を考えると、このときの陽夏にはまだ難しかったんだと思います。

また入院へ

今度は「自分から」入院したいと申し出たようで、これも大きな心の葛藤があったんではないかと思っています。

すごく苦しかったんでしょうね。自分では自分を止められない、両親でも難しい、それならば一度経験している入院をもう一度するしかないという思いなのかなと。

次回、二度目の入院の話へ続いていきます。